さきの回に続けて、この回は四の章の二十二の段を取り上げることにします。すなわち、こうあります。
そのことをもって、わたしたちの見てとることが、覚えの客から覚えの主へと導かれる。わたしは、他のものごとを覚えるだけではない、わたしは、わたしみずからを覚える。わたしみずからの覚えが、まずもって内容とするところ、わたしは、留まりつつの者であり、つねに来つつ行きつつの覚えの相に対している。〈わたし〉の覚えは、わたしの意識のうちに、いつなりとも立ち現れうる、まさにわたしが他の覚えをもつさなかにである。わたしは、与えられた対象の覚えに深く浸かるとき、さしあたり、その対象についてのみ、意識をもつ。そこに、やがて、わたしみずからの覚えが現れうる。わたしは、いまや、その対象をのみか、その対象に対して立ち、その対象を見ている、わたしの人となりをも意識している。わたしは、木を視るだけでなく、わたしは、また、わたしが木を視ているのを知っている。わたしは、また、わたしのうちに、なにかがなりゆくのを知る、まさにわたしが木を見るさなかにである。木が、わたしの視るの境から消えると、わたしの意識にとって、そのなりゆきのなごりが留まる、すなわち木の相である。その相が、わたしの見るさなかに、わたしみずからと結び付いていた。わたしみずからが富んだのであり、わたしみずからの内容が新たな元手を取り込んだのである。その元手を、わたしは、木についての、わたしの想いと呼ぶ。わたしは、かずかずの想いを、わたしみずからの覚えにおいて生きることがないとしたら、それらについて語るありように至ることもあるまい。覚えのかずかずは、やって来ては去り行こうし、わたしは、それが過ぎるままに任せよう。ただ、わたしは、わたしみずからを覚え、いちいちの覚えとともに、わたしみずからの内容も変わるのに気づくからこそ、対象を見ることと、わたしみずからの立ちようが変わることとを、かかわりに据えるべく、そして、わたしの想いについて語るべく、強いられるわたしを視る。
いつものとおり読み返していきます。まず、はじめの文です。
そのことをもって、わたしたちの見てとることが、覚えの客から覚えの主へと導かれる。
ここまでに、わたしたちは、覚えの客、覚えの相を巡りながら、覚えるのナイーブさ(もしくは、覚ゆのおのずからさ)、覚えるアクト、覚えるファンクションを、まさに覚えることをしてきました(または、見てとってきました)。
そして、そのとおり、覚えるの三つのありよう、ないし三重のありようをもって、ここからは、いよいよ、覚えの主をじかに覚えつつ取り上げていくことになります。
加えて、わたしが、わたしの主(もしくは、わたしという主)を、まがりなりにも覚えるのは、まさにその、覚えるの三重のありようを、いささかなりとも、もつからです。(「見てとる betrachten 」は「覚える wahrnehmen 」の、いわば、よりアクティブなかたち、ないし、より意識的なかたちです。なお「覚え Wahrnehmung」および「覚える wahrnehmen 」については 4-b-1の回を、「見てとる betrachten 」については、ことに 3-bの回を見てください。)
そして、二の文がこう続きす。
わたしは、他のものごとを覚えるだけではない、わたしは、わたしみずからを覚える。
いうまでもありませんが、いうところのわたしみずからは、いわゆるからだには限りません。わたしは、たとえば、見る、覚えるにおいて、わたしのする働きを覚えますし、見ゆ、覚ゆにおいて、おのずからの働き(もしくは、わたしの被る働き、ないし、わたしへと恵まれる働き)を覚えます。それらは、なによりも精神の覚えです。(なお、そのことを疑うむきは、どうぞ、いまひとたび三の章を読みかえして下さい。あるいは 4-a-4の回を・・・。)
わたしは、また、喜び、怒り、哀しみ、楽しさなど、わたしの抱く情を覚えますし、痛み、苦しみとなど、わたしの抱きがたく、むしろ、わたしを突き動かす情をも覚えます。それらは、なによりもこころの覚えです。
そして、からだは、まずもってのところ、密かな支えです。こうも言うことができます。からだは、わたしがナイーブであるほどに、ほとんど気づかれないであります。加えて、からだは −かなり先走って言います− わたしがアクティブであるほどに、親しい器となり(五から十の章)、わたしがアクティブに用いるほどに、役に立つ道具となり(十一から十四の章)、しかも、そのとおりなりかわりつつでこそ、覚えられるところとなります。なんとも妙なもの、はかりしれないものではありませんか、からだは!(「わたしみずからを」に当たるのは mich selbstであり、mich〈わたしを〉selbst〈そのもので〉というなりたちで、「自己、自分、自身」といった意です。なお、それについては 4-a-bの回も見てください。また「みずから」の「み」は、「身」の字が充てられてきましたし、また「われとわが身」というような言い方もありますし、どちらかというと、からだの側を指すようですが、まさにそこには、ナイーブにもアクティブにも、あるいは、密かにもあらわにも、ほとんどつねに、こころと精神が湛えられています。ついでに、「みずから」ということばは、『古今集』や『源氏物語』において用いられていますし、海女の刈る藻にすむ虫のわれからと音をこそ鳴かめ人をうらみじ、というのもまた『古今集』に集められてある歌のひとつです。)
進みすぎてしまった話を、もとに戻します。すなわち、三の文です。
わたしみずからの覚えが、まずもって内容とするところ、わたしは、留まりつつの者であり、つねに来つつ行きつつの覚えの相に対している。
たとえば音がするにおいて、わたしが音を聞いていることを覚え、たとえば光のなかで目覚めるにおいて、わたしが光のなかで目覚めていることを覚えます。
そして、音や光(ないし色)や形(ないし姿)などの覚え、すなわち相の覚えと、わたしが相を見ていることの覚えとの、まずもっての違いは、先の覚えが、そのつど入れ替わるのに対して、後の覚えが入れ替わらずにありつづけることです。
加えて、その覚えが入れ替わらずにありつづけるのも、また同じく、わたしが、覚えるの三重のありようを、かすかなりとも、もつかぎりにおいてです。(「まずもって」に当たるのは zunachst であり、nachst〈最も近く〉 zu 〈に〉というつくりで、「まじかに、ちかぢか・・・」といった意です。なお、そのことばは、すでに 4-b-3 の回において用いられていましたし、さらに遡って 4-a-4の回においても、異なるかたちで使われていました。「留まりつつの者」に当たるのは der Bleibendeであり、 bleiben〈留まる〉という動詞の、いわゆる進行形 bleibend 〈留まりつつ〉に、いわゆる定冠詞 derを付すことによって名詞にしたかたちで、もとの動詞の表す動きや働きの主を指します。そして「つねに来つつ行きつつの」に当たるのは immer kommend und gehend であり、 immer〈つねに〉 kommend〈来つつ〉 und〈そして〉gehend〈行きつつ〉という言い回しです。なお、前の回に引いた『兎の花嫁』のなかに「すっと来る、すっと去る」と訳してあるのも同じく kommen 〈来る〉、 gehen〈行く〉です。)
さて、四の文は、こうです。
〈わたし〉の覚えは、わたしの意識のうちに、いつなりとも立ち現れうる、まさにわたしが他の覚えをもつさなかにである。
〈わたし〉、さきにいうところの、わたしが覚えるわたしみずからは、場において留まる者であるばかりか、時から時へと引き続き留まる者でもあります。すなわち、わたしは、〈わたし〉を、おりおりに覚えることができます。むしろ、わたしにとっては、まさに〈わたし〉を覚えつつでこそ、おりおりがあり、時から時があります。(「いつなりとも」に当たるのは stetsであり、stehen〈立つ〉から来て、stet〈立っている、ないし、それなりのあいだ揺るぎなくありつづける〉という形容詞の、いわゆる副詞形として、「つねに immer、いつでも jederzeit」といった意です。そして「意識する、ないし意識している bewusst sein」は「覚える wahrnehmen 」の、よりアクティブなかたち、より持続的なかたちです。なお「意識する、ないし意識している bewusst sein」は「識る、ないし知っている wissen 」から来ています。それについては 3-cの回を見てください。)
そして、そのことを、「かつて」から「いま」へという時の流れに沿って言い換えると、こうです。五、六、七の文を続けて引きます。
わたしは、与えられた対象の覚えに深く浸かるとき、さしあたり、その対象についてのみ、意識をもつ。
そこに、やがて、わたしみずからの覚えが現れうる。
わたしは、いまや、その対象をのみか、その対象に対して立ち、その対象を見ているわたしの人となりをも意識している。
われを忘れる、われに帰る、という言いかたもありますが、わたしは、対象の覚えに深く浸かって、さしあたり、わたしみずからを忘れさり、やがて、対象の覚えに隔たりをもって、わたしみずからを覚えかえします。(「さしあたり」に当たるのは vorlaufigであり、 vor〈まえに〉laufen〈走る〉から来て、「とりあえず nicht endgultig、ひとまず erst einmal」といった意です。それについては 3-eの回も見てください。そして「やがて」に当たるのは dann であり、「そのあと danach 、うしろから hinterher」といった意です。また「深く浸かって」に当たるのは vertieft seinであり、 vertieft 〈深められて〉sein〈ある〉という言い回しで、「ひたる、ふける」といった意です。なお「浸かる」としたのは、水との縁を引き立てるためでもあります。)
そして、いま、すなわち、わたしが、わたしみずからを覚えかえすとき、わたしの意識は、対象に深く浸かる意識と、隔たりのある対象の意識と、わたしみずからの意識との重なりにおいて、なりたっています。そのことは、また、意識のほどの違いとしても知られます。すなわち、わたしの意識は、眠りのほど、夢のほど、目覚めのほどの意識の重なりにおいて、なりたっています。さらに、それを一言で言い換えると、こうです。わたしは、わたしの意識に奥行きがあるのを知っています。(「いまや」に当たるのは nunmehrであり、 nun〈さて〉mehr〈ますます〉というつくりで、「いま(この時) jetzt、いま(この時)から von jetzt an 」といった意です。そして「わたしの意識」に当たるのは mein Bewusstseinであり、mein〈わたしの、もしくは、わたしの有する〉Bewusstsein〈意識〉という言いかたです。わたしは、他の者の有する意識を、じかには識りません。わたしがじかに識る意識は、他でもなく、わたしの有する意識、もしくは、わたしの意識です。)
そして、そのとおり、対象との隔たりにおいて覚えられる、わたしみずから、もしくは〈わたし〉が、さらに人となりとも呼ばれます。呼び名が多くて面食らうかもしれませんが、あっちの国のことわざには、愛される子の名だくさん、というのもありますし、こっちの国の魚には、愛すべき出世魚というのも、かずがずおりますし、そのむかしには、人にも、幼名、通称、あざななどがありましたし、どうぞ悪しからず・・・。(「人となり」に当たるのは Personlichkeit であり、 Person 〈一身、私人、人間、人格、人物〉 lichkeit 〈であること〉というつくりです。その意味からすると、「人となり」というのは、やや言いすぎですが、そのものが、ある時からありはじめる者であるのみか、さらに ーこれから見ていくとおりー 時から時へとなりゆく者でもあるゆえに、やや先取りして充てることにしました。ついでに、「われとわが身」というときの「われと」は、かつて、蘆垣の中のに、こ草にこよかに吾と咲まして人に知らゆな(万葉集二七六七)、というようにも用いられており、その意は「ひとりでに、自然に」だそうです!!)
加えて、わたしが、わたしみずからを覚えそめたのは、いまから振り返ることのできる、わたしの幼いみぎりの覚えからです。
さて、ここまでにも、わたしたちは、文から文へと移るあいだにおいて、客から主へと、主から客へという、いわば場の上での二つの向き、さらにまた、後から先へと、先から後へという、いわば時の上での二つの向きを、意識して入れ換えることをしてきましたが、まさに留まりつつの者をもって、ここからも、また文から文へと移るあいだにおいて、それら、こころの向き(二の章)を、アクティブに入れ換えることを要します。すなわち、八、九、十の文が、こう続きます。
わたしは、木を視るだけでなく、わたしは、また、わたしが木を視ているのを知っている。
わたしは、また、わたしのうちに、なにかがなりゆくのを知る、まさにわたしが木を見るさなかにである。
木がわたしの視るの境から消えると、わたしの意識にとって、そのなりゆきのなごりが留まる、すなわち木の相である。
いかがでしょうか。この三つの文をはじめて読む人は(いや、くりかえし読む人も、まさにあらためて読むならば)、二つ目の文にきて、たとえばですが、えっ! というような内なる声を発するのではないでしょうか。そして、三つ目の文に立ちいたって、二の文を振り返るよすがを手にします。木を迎えて、なにかがなりゆけばこそ、木の相に向かうことができます。同じく、二の文を迎えて、「えっ!」といった内なる声を発すればこそ、二の文を顧みることができます。(「なにかがなりゆく」に当たるのは etwas vorgeht であり、 etwas は「なにか」という意の不定代名詞、 vorgeht は vor〈まえに〉 geht 〈行く〉というつくりで、「先立つ、突き出る、進む、起こる」といった意です。そして「知る」に当たるのは erkennen です。それについては、五の章において詳しく取り上げられます。)
さらに、十一、十二、十三の文が、こう続きます。
その相が、わたしの見るさなかに、わたしみずからと結び付いていた。
わたしみずからが富んだのであり、わたしみずからの内容が新たな元手を取り込んだのである。
その元手を、わたしは、木についての、わたしの想いと呼ぶ。
その三つの文も、まさになにかがなりゆけばこそ、知られるところです。ここでは、ひとまず、振り返るかたち(完了形)において述べられていますが、一つに、「なにかがなりゆく」というのは、「相が、わたしみずからと結び付く」ことでもあります。二つに、わたしみずからは、留まりつつの者であるのみか、富みゆく者でもあります。三つに、そのなりゆきのなごりとして留まる相、ないし、わたしみずからの富、ないし新たな元手は、想いでもあります。言い換えれば、「なにかがなりゆく」というのは、覚えるファンクションが生じることでもあります。すなわち、そこからは、それなりの相をつくりかえすこと、つまり想うことができるようになります。(「想い」に当たるのは Vorstellungであり、 vor〈まえに〉 stellen〈据える〉から来て、いわば「こころに浮かぶ相や思いや考えなど」を指します。ふつうは「表象」という訳語が充てられますが、ここでは「相」とのかかわりから、「想い」ということばを充てました。なお、それについては、六の章において詳しく取り上げられます。ついでに、「おぼゆ(おぼえる)」と「おもふ(おもう)」とは、もともとは同じことばだったそうです!!)
そして、その三つの文は、振り返る向き、もしくは向かう向き、もしくは隔たりをおく向きを嵩じさせることをもって辿られています。はたして、見つつ相に浸かることと、覚えつつ相に対することと、想いつつ相をつくりかえすことでは、相とわたしのあいだの隔たりに、かなりの違いがあります。いわゆる想い出として浮かびくる相の、なんと遠いことでしょうか。
加えて、わたしが、憶える、もしくは相を留めようとして覚えることをするようになるのは、七才ないし九才あたりからです。たとえば「九九」や「文字」を憶えたり、「おぼえてろよ!」といった捨てぜりふをはいたり・・・。(なお、憶の字は、記憶、追憶というように用いられますし、「おもう」とも訓まれます。)
さて、おしまいの三つの文が、こう続きます。すなわち、十四、十五、十六の文です。
わたしは、かずがずの想いを、わたしみずからの覚えにおいて生きることがないとしたら、それらについて語るありように至ることもあるまい。
覚えのかずかずは、やって来ては去り行こうし、わたしは、それらが過ぎるままに任せよう。
ただ、わたしは、わたしみずからを覚え、いちいちの覚えとともに、わたしみずからの内容も変わるのに気づくからこそ、対象を見ることと、わたしみずからの立ちようが変わることとを、かかわりに据えるべく、そして、わたしの想いについて語るべく、強いられるわたしを視る。
わたしが、わたしの想いについて語るときのありようは、わたしが、わたしみずからを覚えつつ、その内に想いを生きるありようから来ます。ただし、語る語らないは、わたししだいです。(「生きる」に当たるのは erlebenであり、er〈まさに〉 leben〈生きる〉というつくりで、いわば「いきいきと覚える」の意です。「体験」という訳語もありますが、「体」とは必ずしもかかわりませんし、まさに leben〈生きる〉ということばを生かしたくて「生きる」としました。)
さらに、わたしが、想いを生きるありようは、わたしが見るさなかに、なにかがなりゆき、相がわたしみずからと結びつくところからです。想いは、すなわち、わたしみずからと結び付きのある相です。その相は、わたしにとって、過ぎるままに任せがたい相でもあります。ただし、これまた、任せるか任せないかは、わたししだいです。
すなわち、わたしみずからを覚えるの前に、覚えるがあり、覚えるの前に、見るがあるように、さらにまた、わたしが、覚えとともに、わたしみずからの内容が変わることに気づくところから、そのふたつのあいだのかかわりを求める気になり、想いについて語りたくなります。もちろん、求める求めないも、語る語らないも、わたししだいですが・・・。(「強いられる」に当たるのは gezwungen であり、zwingen 〈強いる〉の過去分詞です。強いことばですが、たしかに、わたしみずからは、わたしを強いるものでもあります。ことのほかいい想いをしたり、ことのほかいやな想いをしたりしたときには、ことに・・・)
いかがでしょうか。右の三つの文は、迎える向きを嵩じさせることをもって、辿られます。いわば、ここまでの考え、ないし想い、ないし相を、振り返りつつも、あらためて迎えることをもって、そもそもの読みが捗ります。また、かたちの上でも、一つ目と二つ目の文は、いわゆる接続法二式として、仮定、婉曲の、なごやかで、ゆとりのあるこころを伝えます。そして、三つ目の文においては、向かう向きと、迎える向きとが、新たな釣り合いをとるにいたっています。おしまいのことば「強いられるわたしを視る」というのは、まさにその釣り合いの上でこそ語られます。
そのとおり、こころをアクティブに、意識的に用いることをもって、わたしみずからへと、あらためて迫る道が開かれ、さらにそこから、わたしへ、ならびに、わたしへの恵みへと続く道が見いだされます。そもそも、わたしの意識は、留まりつつの者、富みゆく者としての、わたしみずからのみでなく、奥行きをも有しますし、わたしは、覚えに深く浸かりもします。そして、覚えの数の大きさは、はかりしれません。その意味において、わたしの主(もしくは、わたしという主)は、三重です。そこからするとき、いうところの道は、いわば寄せ返す覚えの海に浸かるところから、陸へと上がって立ち、さらに立つことを保って、ふたたび海へという道のりであり、かつ、内外のないところから、内外が分かれ、さらに内外がひとつに結ばれる道すじであり、かつ、人となりきて、人となりゆくプロセスです。はたして「人の意識 das menschliche Bewusstsein 」の「人の menschlich 」は、形容詞として比較級もありうるかたちでした(4-a-4 の回)。そして、そのことが、五の章へと引き継がれ、もうひとつの新たな元手、いうところの「なにか」とともに、いまひとたび大きく見わたされます。
*
この回、というより、四の章のはじめからここまでに因んでは、ゲーテの「エピレマ Epirrhema」と題する詩を引きます。
自然を見てとるに欠くあたわざるは、
つねにひとつをあまたのごとく見やることなり。
内にものなし、外にものなし。
そも、内にあるは、外にあり。
されば、とらえよ、遅れなく、
聖く、あらわな、秘め事を。
*
喜ばしきかな、まことの見かけ、
厳かな遊び。
生あるものは、ひとつのものにあらず、
つねにひとつのあまたなるものなり。
*
これまでのことに鑑みながら、わたしの主(わたしという主)と、こころ、からだのかかわりについて、いますこし補います。大国主には多くの妻と子がいます。嫡妻(むかひめ)として、根の堅州国(かたすくに)の須勢(世)理毘売命(りひめのみこと)、根の堅州国は、わたしが足をもって立つ、その足の下、腰をもって坐る、その腰の下、まぎれなく見ることをもってのいちいち、すなわち兀々地を指しましょうし、須勢(世)理は「スサブ・ススムのスサ(スス)と同源で、横溢し猛進する力を表す」須佐から来るようです。
また、高志国(こしのくに)の沼河比売(ぬなかわひめ)、高志は音のうえで越にも通じますが、腰にも通じます。
また、胸形(むなかた)の奥つ宮に坐(いま)す多紀理毘売命(たきりびめのみこと)、それはそのまま胸の方の奥にいる滾(たぎ)りのこころとも読めます。その子が阿遅鉏高日子根神(あじすきたかひこねのかみ)で、阿遅は美称だそうですし、 は、地を耕し、畑をつくる道具です。
また、神屋楯比売命(かぐやたてひめのみこと)、屋は、やかた、楯は、立てて用い、来るものを撥ね返すための器具、表、面、ないし頭のたたずまいとも取れます。そして、その子が、事代主命。
さらにまた・・・。もちろん、そう読むのも、読む人しだいです。どうぞ、それぞれで、いきいきと、アクティブに、試してみてください。きっと、助けになります。
また、こんな歌もあります。
落ちたぎち流るる水の岩にふり
淀めるよどに月のかげ見ゆ